ホリショウのあれこれ文筆庫

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第872話 松代大本営跡

序文・朝鮮人徴用の問題

                               堀口尚次

 

 松代(まつしろ)大本営は、太平洋戦争末期、日本の政府中枢機能移転のために長野県埴科郡松代町〈現長野市松代地区〉などの山中〈象山、舞鶴山、皆神山の3箇所〉に掘られた地下坑道である。

 太平洋戦争以前より、海岸から近く広い関東平野の端にある東京は、大日本帝国陸軍により防衛機能が弱いと考えられていた。そのため本土決戦を想定し、海岸から離れた場所への中枢機能移転計画を進めていた。昭和19年7月のサイパン陥落後、本土爆撃と本土決戦が現実の問題になった。同年同月東條内閣最後の閣議で、かねてから調査されていた長野松代への皇居大本営、その他重要政府機関の移転のための施設工事が了承された

 初期の計画では、象山地下壕に政府機関、日本放送協会、中央電話局の施設を建設。皆神山地下壕に皇居大本営の施設が予定されていた。しかし、皆神山の地盤は脆く、舞鶴山地下壕に皇居大本営を移転する計画に変更される。舞鶴山にはコンクリート製の庁舎が外に造られた。また皆神山地下壕は備蓄庫とされた。3つの地下壕の長さは10kmにも及ぶ

 建設作業にあたっては、徴用された日本人労働者および日本国内および朝鮮半島から動員された朝鮮人労務が中心となった。工事は西松組や鹿島組が請け負った。満州国からの第4639部隊や、堅所工事には鉄道省静岡隧道(ずいどう)学校の若者も当たり、付近の住民は勤労奉仕隊としてズリ〈掘削で出た土砂〉などの運搬に、また当時の旧制屋城中学、旧制松代商業らの生徒も陸軍工兵隊の指揮の下、運搬などに学徒動員され、国民学校初等科の生徒も運搬や山から採ってきた枝でズリを隠す作業等を行った。

 勤労奉仕隊は報奨金、朝鮮人労務者は賃金をもらっていた。総計で朝鮮人約7,000人と日本人約3,000人が当初8時間三交代、のち12時間二交替で工事に当たった。最盛期の1945年4月頃は日本人・朝鮮人1万人が作業に従事した。延べ人数では西松組・鹿島組・県土木部・工事関係12万人、勤労奉仕隊7万9600人、西松組鹿島組関係15万7000人、朝鮮人労務者25万4000人、合計延べ61万0600人、総工費は6000万円。当時の金額で2億円の工事費が投入されたとも伝わっている。しかし、昭和20年8月5日のポツダム宣言受諾発表により、進捗度75%の段階で工事は中止された

 松代大本営の保存をすすめる会〈長野市〉の大日向悦夫〈現代史研究家〉によれば、建設には多い日には1万人の労働者が強制動員され、工事は一日12時間の厳しい労働と粗食のため、栄養失調が多発した。また、坑道落盤の危険性の高い場所には、朝鮮人労働者を強制的にあてがった。工事のあった年は記録的な大雪で、粗末な飯場には雪が舞い込んだという証言もある。

 壕周辺に慰安所は3か所あり4 - 5人の朝鮮人慰安婦がこれらの施設を回っていた。ただしこれは軍人用のものではなく、朝鮮人労務者用の中で監督する立場の上級幹部用のもので、日本人の出入りはほとんど無かった。ただし、トラックで来た兵隊や支那服のようなものを着た女性が町の方から大勢来たのを覗きに行って怒られた子供の逸話もある。

 現代史研究家の大日向悦夫は「沖縄戦というのは勝ち負けの戦いではなく、松代大本営ができるのを待つための時間稼ぎの戦いだった」と述べている。沖縄戦は、昭和20年4月に米軍が本島に上陸、5月に首里城陥落。その段階で沖縄を防衛していた第32軍は大本営に降伏する旨の連絡をしたが、大本営は「さらに南に移動して戦いを継続せよ」と命令した。そのため第32軍は摩文仁の丘を目指して南に下り、一般住民もその後に従った。連合国の米軍は沖縄南部にかけてモップアップ作戦を展開し、地下壕の多くを破壊した。6月に入ってから、陸軍大臣をはじめ幹部や宮内庁職員が松代大本営の建設現場を視察。天皇の側近が「ほぼこれでいいだろう」と言って松代を後にするのが6月半ばで、その直ぐ後の6月21日に大本営は沖縄に「貴軍の忠誠により本土決戦の準備は完了した」と打電した。

私見】NHKのBS1スペシャル「幻の地下大本営」を視聴した。朝鮮人で徴用された人とその家族は、終戦時に危険分子として強制送還されており、当時子供だった生存者が証言している。賃金は現金支給でなく通帳に蓄えられたとのことだが、強制送還時に未払いだったとのこと。戦後日本政府は、この賃金の請求権は「戦争賠償」により相殺されているという立場だ。関東大震災時の朝鮮人虐殺事件といい、日本人と朝鮮人〈韓国・北朝鮮〉の軋轢は歴史的背景を無視できない。勿論、日韓併合によるメリット・デメリットはあろうが、人種差別撤廃という普遍的なテーマは、未来永劫の課題である。