ホリショウのあれこれ文筆庫

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第1009話 哲学者・思想家「キェルケゴール」

序文・実在主義の創始者

                               堀口尚次

 

 セーレン・オービュ・キェルケゴール〈1813年 - 1855年〉は、デンマーク哲学者思想家。今日では一般に実存主義創始者、ないしはその先駆けと評価されている。

 実存主義とは、人民の実存を哲学の中心におく思想的立場、或いは本質存在に対する現実存在の優位を説く思想的立場である。存在主義とも。またその哲学を実在哲学という。

 キェルケゴールは当時とても影響力が強かったゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル及びヘーゲル学派の哲学あるいは青年ヘーゲル派、また〈彼から見て〉内容を伴わず形式ばかりにこだわる当時のデンマーク教会に対する痛烈な批判者であった。

 キェルケゴールの哲学がそれまでの哲学者が求めてきたものと違い、また彼が実在主義の先駆けないし創始者と一般的に評価されているのも、彼が一般・抽象的な概念としての人間ではなく、彼自身をはじめとする個別・具体的な事実存在としての人間を哲学の対象としていることが根底にある。

死に至る病とは絶望のことである」といい、現実世界でどのような可能性や理想を追求しようと<死>によってもたらされる絶望を回避できないと考え、そして神による救済の可能性のみが信じられるとした。これは従来のキリスト教の、信じることによって救われるという信仰とは異質であり、また世界や歴史全体を記述しようとしたヘーゲル哲学に対し、人間の生にはそれぞれ世界や歴史には還元できない固有の本質があるという見方を示したことが画期的であった。

 今日の思想に影響を与えた、いわゆる「キェルケゴール」の思想は、「美的〈哲学的〉著作」に因るところが多い。そのため哲学史的にも「宗教的著作」の存在は比較的軽い。ただし、キェルケゴールの思想を理解しようとするならば、すべての著作活動は根本的に「宗教的著作」のために書かれたものであるという前提を欠くことはできない。言うなれば、キェルケゴールの一連の著作はすべて教化のために著されたものであり、「美的著作」の一切は教化のための序奏である。『不安の概念』や『おそれとおののき』といった哲学史上重要な著作も、あくまで仮名で書かれた著作であるということに注意されたい。