ホリショウのあれこれ文筆庫

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第1305話 戦争神経症

序文・戦闘によるストレス

                               堀口尚次

 

 戦闘ストレス反応とは、戦闘によってもたらされる心因性疾患、後遺症である。戦争後遺症、戦争神経症とも呼称される。

 軍事心理学や軍事医学の研究では、戦闘ストレス反応は戦闘を経験した兵士が陥る様々な反応を含む幅広い心理的障害〈心身症〉として定義されており、例えば、研究者は戦闘において兵士が被る非物質的な損害であると定義している。

 第一次世界大戦において兵士の戦闘ストレス反応を研究した軍医は爆音を伴う塹壕に対する砲撃によってこのような障害が生じると考え、このような症状をシェルショック〈日本語で砲弾ショック、戦場ショックとも〉 と呼んだ。しかし、後に砲撃に関わらず長期間に渡る戦闘によっても反応が見られることから戦争神経症 へと呼称は変化する。この兵士達の観察を基にして、ジークムント・ フロイト反復強迫的な外傷性悪夢について研究した。

 第二次世界大戦にかけて、さらに戦闘疲労とも呼ばれ、戦闘の期間があまりに長期間にわたると性格や能力に関わらず全ての兵士がこのような反応を示すことが明らかにされた。

 この時期、日本では戦闘ストレスによる症状を戦争神経症と訳していた。1938年、陸軍省の医事課長は貴族院で「欧米の軍隊に多い戦争神経症が一名も発症しないのが皇軍の誇り」と答弁していたが、その陰で陸軍国府台病院などには多数の兵士が収容され治療を受けていた。

 朝鮮戦争では、従来のような戦闘ストレス反応による損耗は減少し、精神病的損害 という名称で戦闘ストレス反応に関連する症状を示す兵士が評価されるのが通例となった。しかし研究の焦点は戦闘行動によって示す古典的な戦闘ストレス反応から新しく後遺症に移ることになる。

 1980年代にかけてベトナム戦争からのベトナム帰還兵が、社会復帰後に深刻な心理的障害を示すことがアメリカ精神医学会で研究されるようになり、これは心的外傷後ストレス障害 〈PTSD〉 と命名された。

私見】NHK映像の世紀「戦争のトラウマ」を観た。戦時中のイギリス兵で戦争神経症を発症したが軍法会議で「憶病症」とされ死刑になったことを知った。戦争の醜さは、人間の身体は勿論、精神をも蝕んでいたのだ。