ホリショウのあれこれ文筆庫

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第984話 サクラ(おとり)

序文・他人につられる心理学

                               堀口尚次

 

 サクラとは、イベント主催者や販売店に雇われて行列の中に紛れ込み、特定の場面やイベント全体を盛り上げたり、商品の売れ行きが良い雰囲気を偽装したりする者を指す隠語。当て字で偽客とも書く。

 本来は江戸時代に芝居小屋で歌舞伎を無料で見させてもらうかわりに、芝居の見せ場で役者に掛声を掛けたりしてその場を盛り上げること、またはそれを行う者のことを『サクラ』といった。花見はそもそもタダ見であること、そしてその場限りの盛り上がりを『桜がパッと咲いてサッと散ること』にかけたものだという。サクラの同義語に「トハ」があるが、これは鳩〈はと〉を逆に言ったもので、同様にぱっと散り去るからだという。

 これが明治時代に入ると、露天商や的屋などの売り子とつるんで客の中に入り込み、冷やかしたり、率先して商品を買ったり、わざと高値で買ったりするような仕込み客のことも隠語サクラと呼ぶようになった。サクラを「偽客」と書くようになったのはこの露天商などが用いた当て字が一般に広まったものである。

 今日では、マーケットリサーチや世論調査などにおいても、良好な調査結果をもたらすために主催者側によって動員されたりあらかじめモニターや調査対象者の中に送り込まれた回し者のことを、サクラと呼ぶ。賭博場やオークション会場などで指し値を吊り上げる目的で主催者側の人間が紛れ込むこともそう呼ばれる。

 行列商法において、「客の行列を恣意的に生成する手段」として、サクラが動員されたり、消費者生成メディアにおけるステルスマーケティングの一例として、ウェブサイトへのサクラを用いた書き込みが行われたりしている。

 社会心理学では、他人の振る舞いが人の心理や決定に及ぼす影響を実証実験する際に、実験装置としてサクラを使用して被験者の行動を観測する方法がある。サクラを使い、顧客に価値判断を誤らせて商品を販売すると日本では詐欺罪が成立するというのが確立した判例である。

私見】映画「男はつらいよ」で、寅さんが生業である露天商で、このサクラを使う場面が何度かある。勿論、妹の「さくら」とは何の関係もないが、不思議な縁だ。