序文・あなかしこ あなかしこ
堀口尚次
先日父方の祖母の四十三回忌の法事に参列した。在所〈父の実家〉は真宗大谷派〈いわゆる浄土真宗東本願寺派〉なので、お経は「正信偈・仏説阿弥陀経・御文章」などを約2時間にわたり読経した。
「正信偈」は幼少の頃から読経していたので、懐かしく感じたが、法事でのお坊さんの読み上げる音程?〈声明(しょうみょう)なので独特の節回しがある〉が、私が幼少時に体験した音程〈親父が読み上げていた音程〉と違いがあり戸惑ったが、近くで読経している親戚の叔父叔母や従兄弟の音程もそれぞれであり、みな自由に発声しているように思った。
思い起こせば二十歳代後半頃、岐阜県に仕事で赴任して一人暮らしを始めた時に、仏教に興味が湧き「正信偈」の内容〈和訳〉が知りたくなり、書籍を購入して調べたが、かなり難解であったが、思っていた内容と全然違い戸惑った思い出がある。そもそも「正信偈」とは、親鸞聖人が仏教の歴史と阿弥陀仏の救済を説いた文章であり、お釈迦様が説いたいわゆる「お経」とは違うものだ。
若い頃の私は「お経〈幼少時に読経していた正信偈〉はどんなことを言っているんだろう?なぜ死者に聞かせるんだろう?」という疑問から調べたのだが、「なんだこんな内容だったのか~」ぐらいの思い出だ。なぜそう感じたのか今となっては不明だ。
「御文章」は蓮如上人が書かれた手紙であるが、これまた私の幼少期の思い出では「末代無知の御文」しか記憶になく、一般に有名な「白骨の章」などは後々に知ることとなった。しかし不思議なもので「三つ子の魂百まで」とは良く言ったもので、「末代無知の御文」は余程印象深かったのか、六十歳を越えた今日でもほぼ覚えている。
幸いにして私の親兄弟は全員存命であり、お経に接する機会は親戚の法事のみであるが、浄土真宗では、本来死者に聞かせるものが「お経」ではなく、生きている人が、死後に極楽浄土へ導いてもらうために読経するもののようだ。
今回の法事の後の説法で和尚さんは『日本の仏教では「悟り」を開くために行うことが「念仏・座禅・修行」など宗派により様々だ。親鸞聖人は若い頃に比叡山で修行されたが最終的に煩悩を消すことができず、称名念仏の道に入られた。』といわれた。私の前途にも「念仏の道」は開いているのだろうか。