ホリショウのあれこれ文筆庫

歴史その他、気になった案件を綴ってみました。

第1050話 耳なし芳一

序文・平家の落武者

                               堀口尚次

 

 耳なし芳一は、古代の日本を舞台とした怪談であり、また、その物語の主人公である琵琶法師・芳一の、作中における事件後の〈つまり、耳を無くした後の〉通名でもある。

 安徳天皇と平家一門〈伊勢平氏一門〉を祀った、長門国赤間関を擁する紅石山(べにしやま)の麓にあった阿弥陀寺〈現在の山口県下関市に所在する赤間神宮の前身〉の領内を舞台とし、架空の若き琵琶法師・芳一を主人公とする。

 小泉八雲の『怪談』〈明治37年刊行〉に所収の「耳無芳一の話」で広く知られるようになった。

 森銑三(せんぞう)〈歴史学者〉らによれば、小泉八雲が典拠としたのは、江戸時代後期の天明2年に刊行された一夕散人(いっせきさんじん)の怪談奇談集読本『臥遊(がゆう)奇談』〈全5巻5冊〉の第2巻「琵琶秘曲泣幽霊」であった。

 『臥遊奇談』でも琵琶師の名は「芳一」であり、背景舞台は長門国豊浦郡赤間関阿弥陀寺とある。これは、幕藩体制下の長門府中藩領赤間関阿弥陀寺安徳天皇御影堂を中核とする〉にあたり、明治時代初期の神仏分離廃仏毀釈運動によって阿弥陀寺が廃寺となったのち、現在では、山口県下関市赤間超界隈および阿弥陀次町の赤間神宮となっている。

 昔話として徳島県より採集された例〈昭和60年〉では「耳切り団一」で、柳田國男が『一つ目小僧その他』〈昭和9年〉等で言及している。

 芳一のモデルは、南北朝時代の平曲〈琵琶の伴奏による『平家物語』の語り物〉の流派「一方流(いちかたりゅう)」を確立した明石覚一検校〈鎌倉時代・永仁7年頃 〉であるという説がある。

 この物語は、芳一たち人間が住まう阿弥陀寺と、怨霊たちが「逗留(とうりゅう)している」と称する実体無き御殿、その実態である安徳天皇墓所という、2つの場所〈実際には幻でしかない御殿も数えるなら3つの場所〉だけで、話の大部分が進行する。

私見】子供の頃の記憶では、ものすごく怖かった記憶がある。平家の落武者や安徳天皇の哀れな最期など露知らず、子供にとっては、ただお坊さんの耳を削ぎ落す侍が怖かったのだろう。この話しのせいで、お経に対するイメージも「怖い」というものになった気がする。勿論、今は怖くはないが、難解である。