序文・帝釈天で産湯をつかい
堀口尚次
柴又帝釈天(たいしゃくてん)または、帝釈天題経寺(だいきょうじ)は、東京都葛飾区柴又七丁目にあるに日蓮宗の寺院である。正式には経栄山(きょうえいざん)題経寺と号する。「帝釈天」とは本来の意味では仏教の守護神である天部の一つを指すが、地元では、題経寺の略称として用られることも多い。
江戸時代初期の寛永6年に、禅那院日忠および題経院日栄という2名の僧によって開創された日蓮宗寺院である。18世紀末、9世住職の日敬(にっきょう)の頃から当寺の帝釈天が信仰を集めるようになり、「柴又帝釈天」として知られるようになった。帝釈天の縁日は庚申(こうしん)の日とされ、庚申信仰とも関連して多くの参詣人を集めるようになった。
近代以降も夏目漱石の『彼岸過迄(ひがんすぎまで)』を始め、多くの文芸作品に登場し、東京近郊〈当時は東京ではなかった〉の名所として扱われた。20世紀後半以降は、人気映画シリーズ『男はつらいよ』の渥美清演じる主人公・車寅次郎〈寅さん〉ゆかりの寺として知られるようになる。年始や庚申の日〈縁日〉は非常に賑わい、映画『男はつらいよ』シリーズ制作後は都内の定番観光名所となり、観光バスの団体客が大勢訪れたこともある。
「柴又帝釈天」の通称で専ら呼ばれるが、当寺の日蓮宗寺院としての本尊は帝釈天ではなく、帝釈堂の隣の祖師堂に安置する「大曼荼羅(だいまんだら)」〈中央に「南無妙法蓮華経」の題目を大書し、その周囲に諸々の仏、菩薩、天、神などの名を書したもの〉である。また、当寺が柴又七福神のうちの毘沙門天にあたることから、「帝釈天=毘沙門天」と解説する資料が散見されるが、帝釈天と毘沙門天はその起源を全く異にする別々の尊格であり、柴又七福神の毘沙門天は、帝釈天の脇に安置される多聞天〈別名毘沙門天〉を指すと解される。
そもそも帝釈天とは、仏教の守護神である天部の一つ。天主帝釈・天帝・天皇ともいう。バラモン教・ヒンドゥー教・ゾロアスター教の武神〈天帝〉でヒッタイト条文にも見られるインドラと同一の神。妻は阿修羅の娘である舎脂(シャチー)。梵天と一対の像として表されることが多く、両者で「梵釈」ともいう。天部にはこの他に、弁財天〈弁天さま〉・韋駄天(いだてん)・大黒天・毘沙門天など七福神としても親しまれているものも含まれている。