序文・弁慶の機転
堀口尚次
勧進帳は、如意の渡しでの出来事を基軸にした能の演目『安宅(あたか)』を元に創られた義経と弁慶を題材とした歌舞伎の演目。歌舞伎十八番の一つで、松羽目物の先駆けとなった作品である。あくまでも後の時代に創られた話で、史実ではないが、歌舞伎以外でも多くのドラマやアニメなどでも取り上げられるほど親しまれている作品である。
源頼朝の怒りを買った源義経一行が、北陸を通って奥州へ逃げる際の加賀国の、安宅の関〈石川県小松市〉での物語である。
義経一行は武蔵坊弁慶を先頭に山伏の姿で通り抜けようとする。辿り着いた関で、弁慶は焼失した東大寺再建のための勧進を行っていると言う。しかし、関守の富樫左衛門の元には既に義経一行が山伏姿であるという情報が届いており、山伏は通行罷りならぬと厳命する。これに憤慨した弁慶は仲間と富樫調伏(ちょうぶく)の呪文を唱え、疑いを晴らそうとする。
感心した富樫は先の弁慶の言葉を思い出し、勧進帳を読んでみるよう命じる。弁慶はたまたま持っていた巻物を勧進帳であるかのように装い、朗々と読み上げる〈勧進帳読上げ〉。なおも疑う富樫は山伏の心得や秘密の呪文について問いただすが、弁慶は淀みなく答える〈山伏問答〉。
富樫は通行を許すが、部下の一人が強力(ごうりき)〈義経〉に疑いをかけた。弁慶は主君の義経を金剛杖で叩き、その疑いを晴らす〈初期の演出では、富樫は見事に欺かれた凡庸(ぼんよう)な男として描かれていたという。後になり、弁慶の嘘を見破りながらその心情を思い騙された振りをする好漢、として演じられるようになった〉。
危機を脱出した義経は弁慶の機転を褒めるが、弁慶はいかに主君の命を助けるためとは言え無礼を働いたことを涙ながらに詫びる。それに対して義経は優しく弁慶の手を取り、共に平家を追った戦の物語に思いを馳せる。そこへ富樫が現れ、先の非礼を詫びて酒を勧める。それに応じて、弁慶は酒を飲み、舞を披露する〈延年の舞〉。舞いながら義経らを逃がした弁慶は、笈を背負って富樫に目礼。主君の後を急ぎ追いかける〈飛び六方〉。
弁慶が「読み上げ」で持ち合わせの巻物を朗々と読み上げる場面の連想から、テレビ番組などでアナウンサーやリポーターなどがあたかも原稿を読んでいるようで実は即興でものを言っていたり、リポートするさまを「勧進帳」という。