ホリショウのあれこれ文筆庫

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第1468話 日本の戦闘機はベンツのエンジンだった

序文・熱田神宮のアツタ?

                               堀口尚次

 

 アツタは、第二次世界大戦頃にドイツのダイムラー・ベンツで開発・製造されたDB 600とDB 601エンジンを、大日本帝国海軍日本海の指示で愛知航空機ライセンス生産した航空機液冷エンジンである。DB 600Gをライセンス生産したアツタ11型〈海軍略符号:AE2A〉、DB 601Aをライセンス生産したアツタ21型 〈AE1A〉、その性能向上型としてアツタ32型 〈AE1P〉などがある。艦上爆撃機彗星、特殊攻撃機晴嵐に搭載された。なお、日本陸軍の指示で同じくDB 601を国産化したエンジンに川崎航空機ハ40がある

 昭和11年に生産が始まったDB601Aの高性能は、やがて日本海軍の知るところとなり、日本海軍は昭和13年に、その高性能を活かした高速艦上爆撃機として十三試艦上爆撃機〈後の彗星〉の開発に着手し、DB601Aの国産化に向けて製造権の取得交渉も開始した。当初、日本海軍は、その国内生産を川崎航空機に行わせようとしていたが、やや遅れて日本陸軍もDB601Aの製造権取得・国産化に乗り出し、海軍の方は十三試艦上爆撃機の機体生産を担当する海軍系の愛知時計電機〈後の愛知航空機〉にエンジン生産も行わせるよう変更したためもあって、話がまとまらなくなり、陸海軍は別個に製造権取得を進めるに至った。その結果、愛知時計電機が先行して昭和13年に、川崎航空機はやや遅れて昭和14年1月に、それぞれ別個にライセンス生産契約を締結し、ライセンス料もそれぞれ50万円ずつを支払った。

 航空史の調査・研究・執筆を行っている渡辺洋二は、その著書において、当時の製造権取得の方法として、製造権を日本政府が購入する方式をとれば、ライセンス料は50万円の1件ですむところを、別個に交渉したためにライセンス料も別々に負担する結果を招いたと指摘し、日本陸海軍間の強いセクショナリズムの典型としている。

 日本では陸軍向けに川崎でハ40として、海軍向けに愛知でアツタとしてライセンス生産している。同じエンジンを、陸海軍がそれぞれライセンス料を支払って別のメーカーに生産させたことから、ヒトラーが「日本陸軍日本海軍は敵同士か」と笑ったというエピソードが知られている。

私見】エンジン「アツタ」の名称は、愛知時計電機愛知航空機〉が、名古屋市熱田区にあり、熱田神宮のすぐ近くにあることも影響したのではないか。