序文・大相撲の懸賞金受け取り
堀口尚次
手刀(てがたな)は、日本の儀礼のひとつである。大相撲で勝った力士が懸賞を受け取るときに手でおこなう所作もこれに含まれる。日本では、人の前を横切る時、または雑踏に分け入っていく際などに、縦にした片手を体からやや離した位置で小さく数回上下させることがある。これが「手刀を切る」と呼ばれる仕草である。これは東アジアでは日本特有のもので、特に人混みへ入っていく場合には、手刀をやりつつやや腰をやや屈め気味にしながら「すみません」「前を通ります」などの言葉を添えて通る場合が多い。手刀は元々、相手に掌を開いてみせることで、自分が武器を持っていないと表しつつ、自分が通ろうとしている道をも示すと言う意味を持っていたとされる。また、腰を低めにすることや言葉を言い添えるのも、謙虚さの体現と言える。かつては一部の職能に見られた礼法であったものの、近年の日本では、相手の次第に関わらず取りうる〈取ることを許される〉礼法として男性を中心に進んできており、その疎通能力の高さから一般人にも浸透してきている。
大相撲では、幕内の懸賞金のついた相撲で勝った力士が懸賞金を受け取る際に手刀を切る。軍配に向かって左・右・中の順に手刀を切るというものであり、左が神(かみ)産(む)巣(す)日(びの)神(かみ)、右が高(た)御(か)産(む)巣(す)日(びの)神(かみ)、中が天(あまの)御中(みなか)主神(ぬしのかみ)の五穀の守り三神に感謝する礼儀であるとされているが、「心」の字を書く力士もおり、その場合、懸賞金を受け取った後に4画目を払う動作をしている。懸賞金の制度は古来の伝統に基づいておらず、手刀を切る手の左右に関しては取り決めも存在せず、昭和30年代まで手刀を切る手や切り方も力士によってまちまちだった。これを見かねた元横綱双葉山定次の時津風理事長から通達が出され、「右手で、左、右、中央と手刀を切る」ことが原則とされた。この後も、逆鉾昭廣のように左利きの力士が左手で手刀を切っても特別に問題視されることもなかったが、左利きである横綱朝青龍明徳が左手で手刀を切って懸賞金を受け取ったときに、横綱審議委員会の内舘牧子がそれを問題視した。これを受けた2004年9月場所前の力士会における大山の講話では「手刀は右で切る」旨の明言はなく「直すかどうかは本人次第」とし、理事長の北の湖も「所作は右が基本」としながらも「100%やれと言っても難しいかもしれない」と言葉を濁した。朝青龍本人は右で切るよう努力する旨を表明し、これ以降は右で切るようになった。
