ホリショウのあれこれ文筆庫

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第1598話 傾斜生産方式

序文・戦後復興の経済政策

                               堀口尚次

 

 傾斜生産方式とは、第二次世界大戦後、GHQによる占領行政下にあった日本における経済復興のために実行された経済政策である。当時の基幹産業である鉄鋼石炭に資材・資金を超重点的に投入し、両部門相互の循環的拡大を促し、それを契機に産業全体の拡大を図るというものであった。工業復興のための基礎的素材である石炭と鉄鋼の増産に向かって、全ての経済政策を集中的に「傾斜」するという意味から名付けられたという。同時期に行われていた価格統制等とともに統制経済の一環とも位置づけられる。

 大戦終了直後の日本では急速なインフレーションが進んだが、その原因の一つに物資の欠乏があり、生産力増強という供給力拡大によるインフレーション収束が図られたものである。第1次吉田内閣は、吉田の私的学者ブレーンであった有沢広巳が考案したものをもとに、『昭和21年度第四、四半期基礎物資需給計画策定並に実施要領』を閣議決定し、「国内施策の一切を石炭の増産に集中する」、さらに「石炭の配分に必要なる諸資材の確保に最重点を施行し」の資材の中で特に鉄鋼を重視した。この閣議決定書では、「経済危機突破のために重大な施策転換を断行するもの」としていた 。具体的には、石炭・鉄鋼を重点的に増産し、さらに化学肥料、電力などの重点的な産業に資材を重点配給することとした。第1回経済白書 "経済実相報告書" は、「石炭の2割の増産は工業生産を4割増加する。増加した工業生産力は炭鉱に更に大きな増産のための資材機器類の供給を可能とする。かくて増産は増産をうむ。日本経済の矛盾はまず石炭の増産によって解決の緒を見いだすべきである」との見通しを示したという。

 片山内閣、芦田内閣でも本政策は引き継がれた。石炭の増産はほぼ目標どおりに進み、これらの効果による鉱工業生産の増加に伴い、日本経済は復興に向かったが、上記復興金融金庫による過剰な資金投入に伴う通貨供給量の増大などの要因からインフレーションが加速し、「戦後インフレ」とも呼ばれた。上記吉田内閣の閣議決定時の大蔵大臣である石橋湛山は、「インフレ」に対して「〈インフレ〉の危険をおかさなければ、〈中略、石炭の確保もできずに〉汽車もあるいは止まったかも知れない。したがって暴動が起き、思わぬ不幸を敗戦の上にうわぬりしたかもしれなかったのである」と反論している。