ホリショウのあれこれ文筆庫

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第1482話 内政不干渉の原則

序文・国家主権

                               堀口尚次

 

 内政不干渉の原則とは、国家国際法に反しない限り、一定の事項について自由に処理することができる権利をもち、逆に他国はその事項に関して干渉してはならない義務があるという、国家主権から導出される原則をさす。

 不干渉義務は歴史的に三段階の進展を遂げたとする。第一期は19世紀、主権の本質論により不干渉義務が根拠づけられ、戦争は適法な権利行使として容認される一方、戦争に至らない「命令的・圧政的干渉」は不干渉義務原則のもとで許されないものとされた。第二期20世紀初頭では、戦争の違法化の流れの中で、不干渉義務の対象事項の範囲は「国際法上専ら国家の管轄に属する事項」として、国際法上の規律に服することになる。この時期における国内管轄事項のとらえ方は、国際法が直接に規律せず国家の自由裁量に委ねられている留保分野として捉えられており、ある事項が国際法の規律を免れているという消極性において、当然に国内問題と認められるものであった。第三期、第二次大戦以降は、国内問題の範囲は国際法で一層明確かつ積極的に定められ、その侵害に対しては、有効に対抗できる国際法上の保護法益となってきている、と言う。

 不干渉の原則は、国際関係の大部分を支配してきた。1930年代のスペイン内戦では、フランスとイギリスを中心に不干渉協定が結ばれ、27か国が参加した。ただし、主権国家に対する倫理的な観点だけでなく、自国の右翼勢力による影響もあった。アメリカ合衆国は基本的外交方針の一つとしてモンロー主義を掲げており、第一次世界大戦および第二次世界大戦の序盤には不干渉的立場をとっていた。その後、この原則は国際連合憲章の中心的な教義の一つとして国際法に定着し、不干渉は平和を支える重要な要素の一つとして確立された。

 しかし、やがて冷戦の到来によって、「世界的な社会主義革命」の扇動や、それに対する「封じ込め」を口実に、多数の途上国への内政干渉の回数と度合が増大した。特に、「国際平和と安全」への脅威を防ぐためという建前は、国連憲章第7章に基づく干渉を可能にした。国連が抑制すべき干渉が行われても、米ソ両国が安全保障理事会において拒否権を握っていたため、国連の機能は弱かった。冷戦後も、コソボ紛争アラブの春など、欧米による干渉行為は続いている。