ホリショウのあれこれ文筆庫

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第1119話 原爆投下は国際法違反

序文・戦争法の基本原則

                               堀口尚次

 

 三淵嘉子(みぶちよしこ)大正3年 - 昭和59年〉は、日本初の女性弁護士の1人であり、初の女性判事および家庭裁判所長。

 昭和31年5月、東京地裁判事となる。広島と長崎の被爆者が原爆の責任を訴えた「原爆裁判」を担当裁判長古関敏正、三淵、高桑昭〉。昭和38年12月7日、判決は請求棄却とするも日本の裁判所で初めて「原爆投下は国際法違反」と明言した

 昭和30年年4月、広島の下田隆一ら3名が国を相手として、東京地裁に損害賠償とアメリカの原爆投下を国際法違反とすることを求めて訴訟を提起した。東京地方裁判所は、昭和38年12月7日、「広島、長崎両市に対する原子爆弾による爆撃は、無防守都市に対する無差別爆撃として、当時の国際法から見て、違法な戦闘行為であると解するのが相当である。」、「原子爆弾のもたらす苦痛は、毒、毒ガス以上のものといっても過言ではなく、このような残虐な爆弾を投下した行為は、不必要な苦痛を与えてはならないという戦争法の基本原則に違反しているということができよう。」、「国家は自らの権限と責任において開始した戦争により、多くの人々を死に導き、障害を負わせ、不安な生活に追い込んだのである。しかもその被害の甚大なことは、とうてい一般戦災者の比ではない。被告がこれに鑑み十分な救済策を執るべきことは、多言を要しないであろう。それは立法府及び内閣の責務である。本訴訟をみるにつけ、政治の貧困を嘆かずにはおられない」とし、米軍の広島・長崎への原爆投下は、国際法に違反すると判決した。

 昭和47年6月、新潟家庭裁判所長に任命され、女性として初の家庭裁判所長となる。この新潟家裁時代には、所長をしながら自ら少年事件の審判を担当している。当時立ち会った調査官によれば、三淵の心のこもった「説諭」が感動的だったという。事件を起こした少年も付き添いの保護者も、三淵の語りかける言葉に涙を流している。

私見】原爆裁判での三淵の判決は、さしずめ戦争を遂行した当時の国家指導者〈日米双方の〉に対する「説諭」だったのかも知れない。国際法に違反した事を問うたのは言うまでもないが、なによりも政治の貧困を嘆いているのだ。