ホリショウのあれこれ文筆庫

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第1566話 熱田空襲と禁牌石

序文・結界を超えた戦火

                               堀口尚次

 

 結界は、仏教において、サンガ〈 僧伽(そうぎゃ)=僧〉がひとつの「現前(げんぜん)サンガ」の空間領域〈界〉を設定することを言う。結界についての規定は律蔵の犍度(けんど)の第一章に見られる。

 後世、界の概念と密教の神秘主義が合体することにより、原初のインド仏教にはなかった、「特殊なエネルギーを保持した神秘空間としての界」という観念が生じ、なる領域となる領域を分け、秩序を維持するために区域を限るという意味合いも生じた。さらに日本では、古神道や神道における神社などでも、同様の概念があることから、言葉として用いられている。大和言葉では端境やたんに境ともいう。

【私見】禅宗の寺院の山門前に「不許葷酒入山門」と書かれた石柱があるが、これは読みくだくと「葷酒山門に入るを許さず」となり、臭いの強い食べ物を口にした者、お酒を呑んだ者を寄せ付けないという意味になる。この石柱を「結界石」「戒壇石」とか「禁牌石(きんぱいせき)」という。愛知県名古屋市熱田区の曹洞宗・法持寺の山門前にある「禁牌石」は、戦時中昭和20年の熱田空襲の焼夷弾で焼け焦げた跡を残している。米軍の爆撃機B-29は、本尊や開山像など11体を除いた全山を焼失させている。禁牌石は、俗界からの不浄を寄せ付けないために建てられたものだが、戦争という人間社会・俗界の魔物に打ち破られてしまった。過日法持寺を訪れて、この「禁牌石」を目の当たりにした私は、『戦争を引き起こした人間の醜さ』を痛感すると同時に、『焼け焦げた「禁牌石」の文字が「不許戦争入山門 戦争山門に入るを許さず」に見えた。戦争を引き起こした為政者は、結界を越えてしまったことを思い知らなければならない。