ホリショウのあれこれ文筆庫

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第1184話 名古屋城再建問題の裏に潜むもの

序文・歴史的建造物復元とバリアフリー問題が抱える課題

                               堀口尚次

 

 名古屋城は、江戸時代に徳川家康が築城し尾張徳川家が居城としてきた。昭和20年の名古屋大空襲で焼夷弾の直撃を受けて焼失し、昭和34年に再建された。

 平成21年、河村たかし市長は定例記者会見で、名古屋城天守を現在のコンクリート造から木造に建て直すことを本格的に検討すると発表し、平成25年、 名古屋市は、名古屋城天守を現在の鉄筋コンクリート製から本来の木造に建て直す復元事業に着手すると発表した。

 市側(河村市長)は、創建当時の木造建築に拘った経緯がある。それは創建当時にある訳がない、エレベーターの設置に難色を示した経緯からも判る。しかし創建当時に拘るのであれば、電気の照明装置も消火装置(消火器やスプリンクラー等)も無くさなくては道理が通らない。しかしながら、国宝に指定された木造建造物にも、間違いなく創建当時になかった物が配備されていることは、自明の理だ。

 そんな中で起きた「名古屋城差別発言問題」。経緯はこうだ、『名古屋市が木造復元を目指す名古屋城天守閣のバリアフリー対応を考えるために開いた市民討論会で、昇降機の上層階への導入を求めた車いすの男性に対し、反対する一部の参加者が「ずうずうしい」「おまえが我慢せえ」などと差別用語を交えて発言し、市側は制止しなかった。』というものだ。

 私がテレビのニュース番組でこの討論会の様子を実際に観た場面では、「不平等だからこそ平等なんだよ」という荒唐無稽な発言も聞こえてきた。

 世の中のバリアフリー化が進み、車いすの方やお体の不自由な方でも、歴史的建造物を何不自由なく観覧できる権利は当然ある。しかし、設備を整えても弱者に対する配慮に欠ける人間はいなくならない。差別発言をしたり差別行動をとる人間は、現前に蔓延る。

 「歴史的建造物を創建当時により忠実に再現する」ことと、「障がいを持つ方への建造物へのバリアフリー化の具現化」は、まったく別問題。現代は民主主義の世の中だから、意見が別れても答えを出さなければならない場合は多数決で決するのがルール。勿論、議論を尽くすことは大前提だ。元来社会常識として差別発言しないことがあるのに、その議論の過程で差別発言が出るのでは、始末に負えない。「言論の自由」と「社会的弱者への配慮」を履き違えている。